2025/11/10

「ぞうのババール」こどものころのおはなし

大きな森の国に住むババールは、
お母さんにとてもかわいがれ、とてもいい子に育ちました。
ある日、お母さんは狩人に狙われて撃たれて死んでしまいました。
次に狙われたババールは必死で逃げ、人々の住む街にたどり着きます。
そこでババールは気前のいいおばあさんに出会い豊かに暮らしますが、
それでもさびしく、故郷を思うのでした。
すると・・・。
「ぞうのババール」こどものころのおはなし(1)
ジャン・ド・ブリュノフ 作、矢川寿美子 訳
評論社 1974

突然の母親の死に直面し、悲しみの中を逃げ切った小象 ババールが、やがてみんなに祝福されて象の王になるまでの話です。

漢字は「大」と「子」だけ用いられており、ふりがな付きです。

ババールをおおらかに迎え入れる人間たちや、街での暮らしを経験して森に戻ったババールを敬意を持って受け入れる象たち。温かい仲間に恵まれたババールを取り巻く、豊かな愛情、死、そして一生懸命に生きる楽しみを描いた、ババールのドラマチックな子ども時代の物語です。フランスで1931年に出版され、長く愛されてきました。
ところで、ババールのお母さんが突然命を落とすことに少なからず衝撃を受けるのではないでしょうか。このお母さんの悲劇には、次のような時代背景もかかわっているのではないかと思います。
1914年から1918年までの第一次世界大戦で、フランス北部は激戦地となりパリは空襲を受け、飢餓やスペイン風邪の流行もあり、犠牲者数は甚大でした。身近に人々の死がある中、子ども達の役割として、頼もしく育ちしっかりと大人を支えるよう期待されたそうです。「ババール」を作り上げたジャン・ド・ブリュノフとその妻は、その頃に10代を過ごしました。「ぞうのババール こどものころのおはなし」は、その時代をはっきりと反映していると思います。

作者のジャン・ド・ブリュノフは妻が創作した物語を絵本に仕立て、「ぞうのババール こどものころのおはなし」を1931年に出版しました。その後、「ババールのしんこんりょこう (1932)」「おうさまババール (1933)」アルファベットの本 "L'ABC de Babar"(1934) 、「さるのゼフィール (1936)」を出版しました。翌年に若くして作者が亡くなった後、遺稿をもとに「ババールのこどもたち(1938)」「ババールとサンタクロース (1941)」が出版されましたが、その時10代半ばだったご子息のローラン・ド・ブリュノフも手掛けて完成させたのだそうです。ローラン・ド・ブリュノフはその後、父と同じ学校で絵画を学び、父の創作を引き継いで作風もそっくりに仕立て、数多くのババール作品をつくり続けました。

《 ジャン・ド・ブリュノフの絵本 》

 
ババールのしんこんりょこう(2)

おうさまババール(3)

ババールのこどもたち(4)

ババールとサンタクロース(5)

「さるのゼフィール」なつやすみのぼうけん

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